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研究発表2026冬

上級進学クラス

THET NANDAR ZIN
NYAMKHUU NYAMTUGS
NU SENG
LING HLEE
HNIN HNIN HTWE
NGUYEN THI THANH THUY
AUNG PYIAE SHAN
YE MIN HTET
AUNG PYAE HPONE
TSENDEE KHUSLEN
JIA MIN
KHAJUWAR GITA
HAN HTOO SAN
KAUNG KHANT ZAW

ピンダヤ洞窟

キーワード 

#仏像 #巡礼地 #信仰心 #寄付 #仏教

 ミャンマーのシャン州にあるピンダヤ洞窟は、仏像が数多くあることで知られる有名な仏教の聖地である。洞窟の中には八千体以上の仏像が並び、多くの観光客や巡礼者が訪れる場所である。このように多くの仏像が一つの洞窟に集まっている場所はとても珍しい。 そのため、なぜピンダヤ洞窟にはこれほど多くの仏像があるのかという疑問を持ち、この テーマを選んだ。
 資料によると、ピンダナ洞窟は昔から仏教の巡礼地として知られている場所である。多くの人の人々がこの洞窟を訪れ、祈りや感謝の気持ちを表すために仏像を寄付してきた。また、王や地元の人々も仏教を大切にしていたため、仏像を作り洞窟の中に納めてきた。長い年月の間にこのような行為が続いた結果、現在では八千体以上の仏像が並ぶ洞窟となった。
 多くの仏像がある理由は人々の強い信仰心にあると考えられる。祈りや感謝の気持ちを形として表すために仏像を寄付する文化が続き、仏像の数が増えたのである。ピンダヤ洞窟は仏教の信仰を象徴する重要な場所だ。

(文責:テツ)

出典:Wikimedia Commons (CC BY-SA 4.0)

未完成だから、永遠のモナ・リザになった

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出典:Wikimedia Commons (CC BY-SA 4.0)

キーワード  

#未完成 #芸術 #科学 #微笑み #眼差し

 私が初めてモナ・リザを見たのは、まだ幼い頃のテレビ番組だった。絵とは知らず、ただ「世界で一番美しい女性」だと思い、目が離せないまま10分間も画面をじっと見つめていた。その時から興味を持ち、成長したら有名な絵画だと知り、私は絵そのものよりも、それを描いた人物に強い関心があり、今回の研究発表のテーマに決めた。
 調べて分かったことは、ダ・ヴィンチは芸術と科学の両方を大切にした天才だということである。モナ・リザの微笑みや眼差しはスフマートという技法で描かれており、輪郭をぼかすことで表情が不思議に見える。また、モナ・リザには眉毛がない。修復で消えた説と、未完成のまま終わったという説がある。ダ・ヴィンチは死ぬまでこの絵を描き直し続けたという。
 モナ・リザが今も愛されているのは完成していないからだと思う。消えた眉毛も、謎の微笑みも全ての未完成が、永遠のモナ・リザになったと、私は考える。

(文責:シロ)

―ミャンマーの魂と芸術の起源-

キーワード  #バガン王朝 #壁画 #世界遺産 #仏教美術 #ミャンマー

 バガン遺跡はミャンマー人にとって、単なる歴史的な場所ではない。それはミャンマーの魂、誇り、そして芸術が集結する「心の鼓動」とも言える存在である。そこで、バガン遺跡の中でも特に重要な壁画について詳しく調べた。

 2016年のAMAの調査によると、バガンにある3822か所の遺跡の内、416か所に壁画が残っている。これらの多くは11世紀から13世紀にかけて描かれたものである。主な題材は仏伝図やジャータカ物語などで、当初は東インドの様式の影響を受けていたが、徐々にビルマ独自のスタイルへと発展していった。

 これらのことから、バガンの壁画は当時の高い技術力と深い信仰心を象徴していると考えられる。しかし、現在、湿気や塩害による劣化が深刻な課題となっている。つまり、この「ミャンマーの魂」を未来へ繋ぐためには最新の技術を用いた保存修復が不可欠である。バガンの壁面を守ることは、地域住民への教育に加え、観光客にも見学前のガイダンスを行うなどの意識向上が不可欠だ。

(文責:ヌ)

撮影:NU SENG

釜ヶ崎 ― 日本が表に出さない現実

キーワード 

#釜ヶ崎 #日雇い労働者 #戦後復興 #貧困問題 #社会の裏側

 なぜ釜ヶ崎には多くの日雇い労働者が集まったのか。また、なぜこの地域は「日本の裏側」と呼ばれるようになったのか。この疑問をきっかけに、日本の発展の背景にある社会の現実について考えてみたいと思った。

 釜ヶ崎は大阪市西成区にある地域で、日雇い労働者の町として知られている。第二次世界大戦で、日本は大きな被害を受け、その後国を復興させるために多くの労働者が必要とされた。そのため、建設現場などで働く人々が全国から大阪に集まった。釜ヶ崎には家賃の安い簡易宿泊所が多く、仕事を探す労働者にとって生活しやすい場所だった。しかし、日雇い労働は収入が不安定で、年齢を重ねると仕事ができなくなる人も増えるため、貧困や高齢化の問題が深刻になった。

 このテーマを調べる中で、日本の発展の裏側には釜ヶ崎で働いてきた人々の努力があったことが分かった。彼らは戦後の復興を支えた大切な存在である。しかし、その歴史や現実は社会の中であまり知られていない。だからこそ、この歴史を忘れず、社会の様々な問題について考えることが大切だと思う。

(文責:レイン)

出典:ChatGPTにより生成

鋸山 

自然と人の手で作り上げた歴史

キーワード  #鋸山 #日本寺 #大仏 #地獄のぞき #観光

 なぜ鋸山は多くの観光客が訪れる人気の観光地になっているか。

 鋸山は千葉県にある標高329メートルの山で、東京から約1時間半で行くことができる観光地である。山の形がのこぎりの歯のように見えることから鋸山という名前がつけられた。この特徴的な地形は昔この場所が石切り場として利用されていたことが関係している。また、山には歴史ある日本寺があり、1300年以上の歴史もある。日本寺には高さ約31メートルの大仏や1500体以上の羅漢像があり、多くの観光客が訪れる。さらに地獄のぞきという展望台からは東京湾の美しい色を見ることができる。

 鋸山が人気の理由は自然の美しい景色だけでなく歴史や文化を同時に体験できる場所だからだと考える。また、地獄のぞきのようなスリムのある観光スポットがあることも、多くの人を引きつける理由の一つである。さらに東京から近くアクセスが良いことも人気の理由だと思う。

(文責:ニン)

撮影:HNIN HNIN HTWE

そば 

日本の伝統料理

キーワード  #そば #伝統料理 #食べ方 #年越しそば #そばがき

 日本を訪れたことがある外国人であれば、おそらくそばを食べたことがあるでしょう。そばはなぜこんなに人気になったのか疑問に思ったので、今回調べてみた。

 昔、そばは米の代わりとして食べられ、「そばがき」という団子のような形だった。その後、16世紀頃に現在の形になり、江戸時代には安くて早く食べられる料理として人々に広まっていった。たぬきそば、きつねそばなど定番のものから、長野県の「戸隠そば」や岩手県の「わんこそば」など特定の地域で食べられるものまで様々な種類がある。他にも「年越しそば」という特別な文化もあり、長寿や幸運を願い、一年の苦労を断ち切る意味で大晦日に食べられる。日本では、そばやラーメンを食べる時に音を立ててすするが、それはマナー違反ではなく、空気と一緒に吸い込むことで香りや味をより楽しむためだと言われている。

 つまり、一杯のそばには日本の長い歴史や文化、そして人々の暮らしや願いが込められており、日本を代表する麺料理の一つであると私は考える。

(文責:トゥイ)

​出典:写真AC

世界平和を重視した人物

第3代国連事務総長 ウ・タント

キーワード  #ウ・タント #国連事務総長 #教師 #キューバ危機 #対話

 私のリサーチクエスチョンは「なぜウ・タントは国際社会で高く評価されたのか」ということである。ウ・タントは1961年から1971年まで第3代国連事務総長を務めた。特に冷戦という緊張した時代の中で、どのようにして平和に貢献したのかに興味を持ち、このテーマを選んだ。

 ウ・タントは元々教師として働いていた。その経験から、人の話をよく聞き、冷静に判断する力を身につけた。その後、外交官として国際社会で活動し、最終的に国連事務総長となった。特に1962年のキューバ危機ではアメリカとソ連の対立の中で対話を提案し、核戦争を回避するための仲介を行った。

 これらのことから、ウ・タントが高く評価された理由は、武力ではなく対話によって問題を解決しようとした姿勢にあると考えられる。冷静で穏やかな性格と教育者としての経験が国際問題の解決に大きく役立ったと思う。彼は平和外交の重要性を示した人物であると私は考える。

(文責:シャン)

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​出典:Wikimedia Commons (CC BY-SA 4.0)

美しい宝石の裏側

翡翠産業の光と影

キーワード  #翡翠 #ミャンマー #パカン鉱山 #環境問題 #労働安全

 ミャンマーの翡翠産業は、国の経済や人々の生活に大きな影響を与えている。ミャンマーは世界最大の翡翠産出国として知られ、特にパカン地域では多くの翡翠が採掘されているが、私はこの産業にはどのような問題があるのかという点に興味を持ち、このテーマを選んだ。

 この産業には、卸売業者、宝石鑑定士、加工職人、小売店スタッフ、輸出入ブローカーなど多くの仕事があり、労働者の家族や関連サービス業を含めると、数十万人以上がこの産業によって生活している。しかし、森林破壊や土壌汚染、川の汚れなどの環境問題があり、パカンでは土砂崩れ事故も多く、毎年多くの人が亡くなっている。また、不法採掘や密輸、利益の不公平、地域紛争との関係といった社会問題もある。

 今後は採掘ルールの強化、労働者の安全対策、環境保護、透明な取引制度、税金管理の強化などが必要である。これらの対策により、経済発展と環境保護を両立した持続可能な産業になると考えられる

(文責:イェー)

​出典:Wikimedia Commons (CC BY-SA 4.0)

日本文化を彩る藤の花

歴史や文学に見られる藤の魅力とその意味

キーワード  #藤 #日本文化 #藤原氏 #万葉集 #美意識

 なぜ藤の花は、日本文化の中で特別な意味を持つ花として長い間人々に大切にされてきたのだろう。アニメ「鬼滅の刃」で藤の花が鬼除けとして描かれているのを見て、藤の意味や歴史に興味を持ったため、藤について調べた。

 藤は古くから日本人に親しまれてきた花であり、文学や芸術、歴史の中にも多く登場する。特に平安時代には藤原氏の象徴として用いられるなど、日本文化とも深く関わってきた。藤は4月下旬から5月にかけて咲き、長く垂れ下がる花房とやさしい香りが特徴である。古代から日本に自生し、「万葉集」などの文学作品にも登場する。また、藤原氏の家紋として用いられたことから、繁栄や気品を象徴する花とされてきた。

 以上のことから、藤が特別な花とされる理由は、美しさだけではなく長い歴史や文化との深い結びつきにあると考えられる。藤の落ち着いた美しさは、日本人の繊細で静かな美意識を象徴しているといえる。

(文責:ヒョウマ)

​出典:写真AC

モンゴルの遊牧生活が生んだ食品
「アーロール」

キーワード  #モンゴル #アーロール #遊牧生活 #乳製品 #健康的

 私は日本に来てから、理由はわからないが、モンゴルの伝統食品「アーロール」を食べたくなることがよくある。昔からある食べ物なのに、どうして現代の若者にも人気があるのかと疑問を持ったので、その理由と歴史について調べてみることにした。

 アーロールの歴史は、古代までさかのぼると考えられている。モンゴルでは昔から遊牧生活が行われており、乳は重要な食糧であった。しかし、乳は腐りやすいため、発酵や乾燥によって保存する方法が発達し、生まれた食品である。遊牧生活が少なくなった現代でも、アーロールの種類は増え続け、酸味の強いものから甘い味のものまで、様々な味のものが作られている。

 以上のことから、現代まで食べ続けられている理由は、モンゴル人が遊牧生活の伝統を大切にしてきただけではなく、時代とともに味や作り方を変えながら、人々の好みに合う形で受け継がれてきたためだと考えられる。

(文責:フスレン)

​出典:写真AC

天ぷら誕生のナゾ

~天ぷらの起源と日本の食文化

キーワード  #ポルトガル #南蛮料理 #テンポラ #揚げ料理 #日本料理

 天ぷらは日本の代表的な料理の一つとして知られているが、日本で生まれた料理なのか、それとも日本に伝わった料理なのかという疑問を持った。そこで、この疑問を明らかにするために天ぷらの起源について調べた。

 16世紀にポルトガル人が日本を訪れた際、魚や野菜を油で揚げる南蛮料理を日本に伝えた可能性がある。当時、ポルトガル人は主に長崎に滞在しており、その料理法が日本に広まったと考えられている。また、「天ぷら」という名前の由来は、「テンポラ」というカトリックの断食期間を意味する言葉からだという説もある。

 これらのことから、天ぷらはポルトガルから伝わった揚げ料理の影響を受け、日本で発展した料理だと考えられる。その後、日本人の工夫によって調理方法や味付けが改良され、現在では日本を代表する料理として広く知られるようになった。つまり、天ぷらは外国文化と日本文化が結びついて生まれた日本の伝統料理だと言える。

(文責:カ)

​出典:写真AC

ルンビニ

~お釈迦さまが生まれた場所

キーワード #ルンビニ #ユネスコ世界遺産 #ゴータマ・ブッダ #アショーカ王 #平和

 「ルンビニ」はネパールにあるお釈迦さま、ゴータマ・ブッダが生まれた場所だ。世界的に重要な場所とされており、1997年にはユネスコの世界遺産にも登録された。なぜ現在も多くの人が訪れるのか疑問に思い、それから、みんなに紹介もしたいので調べてみることにした。

 ルンビニはネパール南部のタライ平原にある遺跡で、紀元前623年頃にゴータマ・ブッダが生まれた場所として知られている。古くから仏教徒の巡礼地となり、多くの巡礼者が訪れている。また、紀元前249年にはインドの王であるアショーカ王がここを訪れ、ブッダの誕生地を示す石柱を建てた。現在もマーヤー・デーヴィー寺院や多くの遺跡が残り、仏教の歴史を知る重要な場所となっている。

 ルンビニはブッダの誕生地であるだけでなく、宗教・歴史・文化の面で重要な場所である。そのため、世界中の仏教徒や観光客が訪れ、平和を祈る場所として大切にされていると考えられる。

(文責:ギータ)

​出典:Wikimedia Commons (CC BY-SA 4.0)

知られざるルビーの都 モゴク

キーワード #ルビー #モゴク #エリザベス2世 #国宝 #サンライズルビー

 宝石に興味がある私は、クラスの友達と日本人にミャンマーの有名なルビーについて伝えたいと思い、自分も詳しく知りたいので今回調べてみた。

 世界的に有名なルビーを採掘する「モゴク」はミャンマーの北部に位置し、昔から宝石の都と呼ばれている。1217年頃にルビーが初めて発見されたモゴクでは、古い王の時代から現代まで多くの貴重な宝石が採掘された。モゴクで産出されるルビーは色が非常に鮮やかで深い赤色を持つことで有名だ。この美しい色はクロムという元素を多く含んでいるためである。モゴクのルビーは透明度が高く、品質も優れているため、宝石商やコレクターから高く評価されている。歴史的にもエリザベス2世のティアラはミャンマーのルビーが使われていた。さらに、世界で最も高価なルビー「サンライズルビー」もミャンマー産だ。

 以上のことから考えると、ルビーはミャンマーにとって大切なものであり、私は市場で売ることだけでなく、国の誇りとして国家の宝にすべきだと考える。

(文責:ハン)

​出典:Wikimedia Commons (CC BY-SA 4.0)

ティンジャン

長い歴史があるミャンマーの水かけ祭り

キーワード #ルビー #モゴク #エリザベス2世 #国宝 #サンライズルビー

宝石に興味がある私は、クラスの友達と日本人にミャンマーの有名なルビーについて伝えたいと思い、自分も詳しく知りたいので今回調べてみた。

 世界的に有名なルビーを採掘する「モゴク」はミャンマーの北部に位置し、昔から宝石の都と呼ばれている。1217年頃にルビーが初めて発見されたモゴクでは、古い王の時代から現代まで多くの貴重な宝石が採掘された。モゴクで産出されるルビーは色が非常に鮮やかで深い赤色を持つことで有名だ。この美しい色はクロムという元素を多く含んでいるためである。モゴクのルビーは透明度が高く、品質も優れているため、宝石商やコレクターから高く評価されている。歴史的にもエリザベス2世のティアラはミャンマーのルビーが使われていた。さらに、世界で最も高価なルビー「サンライズルビー」もミャンマー産だ。

 以上のことから考えると、ルビーはミャンマーにとって大切なものであり、私は市場で売ることだけでなく、国の誇りとして国家の宝にすべきだと考える。

(文責:ハン)

​出典:Wikimedia Commons (CC BY-SA 4.0)

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